SaaSが死ぬらしい
最近よく聞く話がある。「SaaSが死ぬ」って話だ。
クラウドで月額課金、ボタンをポチポチしてグラフを眺める、あの便利な仕組みが、AIによって根本から変わりつつあるらしい。データを入れて結果を見て判断する、というワークフローを成り立たせていた「ツール」という概念そのものが、AIエージェントの登場で揺らいでいるという話である。
なるほどなと思いながら、ふと頭をよぎる日付がある。
1997年5月11日。
ニューヨークのIBMの対局室で、当時のチェス世界チャンピオンだったガルリ・カスパロフが投了した。相手はIBMが開発したコンピューター「Deep Blue」で、第6局わずか19手というあっけない幕切れだった。人類の知性の象徴とまで言われたチェスで、人間が機械に敗れた瞬間である。
ここで面白いのが、そこから25年経った2022年にChatGPTが出てくるまで、多くの人が「AIってまだ大したことないよね」と思い込んでいたことだ。1997年の時点ですでに「人間を超えた」存在が現れていたのに、世間はそれを「ゲームの話でしょ」で片付けてしまった。
この記事は、その「気づかれなかった25年」の話であり、ついでにSaaSの死とこれから来る変化を、過去の事例から眺めてみる話でもある。
1997年、深い青色の衝撃
Deep Blueの勝利は当時、世界中の新聞で大々的に報じられた。ただ、その扱い方をよく見ると面白いことに気づく。「ついに機械が人間を打ち破った!」という見出しの隣には、必ず「でもチェスはチェスに過ぎない」という解説が添えられていたのだ。チェスは閉じたルールの世界であって人間の創造性とは違う、というトーンだった。
カスパロフ自身、敗北のあとにこう言っている。「Deep Blueは指していない。計算しているだけだ」
なかなか味のあるセリフだ。これはすごく人間らしい反応で、自分が負けた相手を「本当の知性じゃない」と再定義することで、なんとか心の均衡を保とうとしている。実はAIに対する人類の反応は、ここから一貫していて、「これはまだ本物じゃない」と言い続けているうちに、気づいたら追いつけない地点まで来ている、という流れを何度も繰り返してきた。
ちなみにDeep Blueが指した手の中には、人間の感覚では「ありえない」と言われた手がいくつもあった。後に「コンピュータ・ムーブ」と呼ばれるこの異質さは、若い世代のグランドマスターたちにとって新しい教科書のような役割を果たしたとされる。彼らはコンピュータと指すことで、人間の固定観念を超える発想を学んでいった。
ここに最初のヒントがある。AIに「負けた」職業は、消えない。形を変えて続いていくということだ。
チェスプロは、ピンピンしている
カスパロフが負けたあと、チェス界はどうなったか。普通に考えれば「人間がコンピュータに勝てないなら、人間同士の対局を観る意味あるの?」となりそうなところだが、現実は逆の方向に進んだ。
2026年現在、世界チェス選手権はバリバリ開催されている。マグヌス・カールセンというノルウェー人スターが登場して長らくシーンを引っ張り、賞金総額は1997年当時より増えた。チェス専門のYouTuberが何百万という登録者を抱え、Twitchにはチェス専門のストリーマーが複数いる時代だ。
なぜチェスは死ななかったのか。理由はいくつかあるが、一つは、コンピュータが入ったことで研究の深さが指数関数的に増したことだろう。プロ棋士は今、エンジンを使って序盤研究をするのが当たり前で、それによって対局の質が上がり、観戦者の楽しみも増えた。もう一つは、「人間が指している」というドラマがむしろ強化されたこと。エンジンが完璧な手を瞬時に出せるからこそ、人間が時間に追われて悩んでミスして、それでも勝とうとする姿に観客は感情移入するようになった。
将棋でも似たことが起きている。日本では2017年頃から将棋ソフトがトッププロを上回り始めたのだが、ちょうど同じ年に世間を熱狂させたのが、当時14歳の藤井聡太という棋士だった。中学生でプロ入りした直後から公式戦で勝ち続け、デビューからの29連勝という前人未踏の記録を打ち立てたあの出来事を覚えている人は多いだろう。連日テレビが速報を流し、対局のあとの彼のコメントが翌朝の新聞に載るような騒ぎになっていた。その後も最年少記録を片っ端から塗り替え続け、今や八冠を保持するレベルの大記録製造機になっている。彼の強さの一部は間違いなくAIによる研究の成果なのだが、それでも日本中の話題をさらってきたのは、AIには出せない「物語」を体現しているからだろう。中学生の少年が扇子片手に盤を睨んで勝ち続ける姿には、計算ではなくて人生に近い何かが映っていた。
ここに二つ目のヒントがある。AIが入った職業では、人間の存在意義は「正解を出すこと」から「物語を持つこと」へシフトするということだ。
25年の間に、AIは何をしていたか
1997年から2022年までの間、AIは静かに、しかし着実に、人間の領域を一つずつ侵食していった。問題は、それが「専門家にしか見えなかった」ことだ。時系列で並べてみると、その進撃の様子がよく分かる。
1997年、Deep Blueがチェスでカスパロフを破った。1990年代後半から2000年代にかけては、マンモグラフィや胸部X線の診断を補助するCAD(コンピュータ支援診断)が医療現場に入り始めていて、日本では日立が1990年代後半から肺がん診断支援システムの研究を進めていた。2010年代前半には、将棋のPonanzaがプロ棋士を負かし始め、「あから2010」という複数ソフトの集合体が女流棋士に勝つという出来事もあった。
2012年は画像認識の世界で歴史的な年で、ImageNetという画像認識コンペで、トロント大学のジェフリー・ヒントンチームが開発した「AlexNet」がそれまでの常識を一気にぶち破る精度を叩き出した。専門家は「人間レベルに達するのに10年かかる」と予測していたのに、実際は5年で達成してしまう。2015年にはMicrosoftの「ResNet」が画像認識で人間の精度(約95%)を超え、2016年にはAlphaGoが囲碁の世界トップ棋士、イ・セドル九段に4勝1敗で勝利した。「あと10年は無理」と言われていた領域が、あっさり陥落したわけだ。2017年にはGoogleが深層学習で前立腺がんの病理画像の判定を、人間の病理学者を上回る精度で達成している。
ニュースとしては、その都度報道されている話ばかりだ。なのに、ほとんどの人は記憶していない。なぜかというと、理由は単純で「自分の仕事に関係ない」と思ったからである。チェスはゲームだし、将棋もゲームだし、囲碁もゲーム。画像認識はまあ写真の整理が楽になるくらいの感覚で、医療画像なんて医者の話だと片付けられた。人間というのは、自分の生活半径の外で起きていることを自分の問題として認識するのが、本当に苦手な生き物なのである。AIの進化は、まさにその死角を突くようにして進んでいた。
ChatGPTで「やっと気づいた」のはなぜか
2022年11月、OpenAIがChatGPTを公開した。
技術的に見ると、ChatGPTは突然出現したわけではない。Transformerという基盤技術は2017年から存在していたし、GPT-3は2020年にはすでに公開されていた。ベンチマーク上の性能で言えば、それまでの蓄積の延長線上にある進化に過ぎなかった。それなのに、世界中が一気に「AIヤバい」となった。
理由は、技術の質的変化ではなく、「自分のタスクに関係する」と気づいた人が一気に増えたからだ。メールを書く、報告書をまとめる、コードを書く、アイデアを出すといった作業は、まさに仕事そのものである。チェスや囲碁が「ゲーム」だったのに対して、ChatGPTがやっていることはオフィスで日々起きていることそのものだった。
あの2022年末の数週間、ネット上の空気が「ふーん便利だね」から「あれ、これ結構使えるな」を経て「待って、これ何かおかしいぞ」に変わっていく過程を覚えている人も多いだろう。おかしかったのはAIではなくて、人間の認識のほうだ。1997年から積み上がっていた事実が、25年遅れてようやく目の前に降りてきただけの話なのである。
SaaSの死、そのあとに来るもの
そろそろSaaSの話に戻る。
SaaSという言葉が広まったのは2000年代初頭で、Salesforceが「ノーソフトウェア」というスローガンで登場したあたりが起点だ。それまでパッケージで買い切りだったソフトウェアを、月額課金でクラウドから使うという発想だった。これが過去20年のビジネスの基盤になり、SlackもZoomもNotionも、私たちの周りにあるツールの多くはSaaSとして展開されてきた。
そのSaaSが今、AIに揺さぶられている。なぜかというと、SaaSというビジネスモデルは「人間が画面を見て、ボタンを押す」という前提で組み立てられていたからだ。月額10ドル払って、その画面にアクセスする権利を買うという仕組みである。ところが、AIエージェントが代わりにボタンを押すようになったらどうなるか。人間が画面を見る回数が減ったら、そもそもAIが直接データを処理してしまえば、間にあるはずの「画面」自体が要らなくなってしまう。
これは1997年にチェスプレイヤーが直面した状況とよく似ている。「自分たちの仕事の核」だと思っていたものが、機械によって直接やられてしまうという構図だ。
ただ、思い出してほしいのは、チェスプレイヤーは消えなかったということ。死ぬのはたぶん、「人間が画面を見ること」を前提にしたSaaSだけだ。AIエージェントを前提に再設計されたSaaSは、むしろ伸びる可能性のほうが高い。
そして仕事の中身も変わっていく。営業の仕事は「顧客リストを管理すること」ではなくなる。それはAIがやる作業になっていく。これからの営業の仕事は、「AIが整理した情報をもとに、顧客に会いに行って、その人にしかできない関係を作ること」になるだろう。これはチェスプレイヤーの仕事が「最善手を計算すること」から「観客に物語を見せること」へシフトしたのと、構造的にまったく同じ話だ。
ツールを使えない人が、使える人に仕事を奪われる
「AIに仕事を奪われる」という議論をよく聞くが、これは実はちょっと不正確だ。実際に起きることは、もう少し違う形をしている。
具体的に言うと、「ChatGPTを使いこなせない営業マン」は淘汰されるが、「ChatGPTを武器にできる営業マン」はこれまで以上に成果を出すようになる。彼の年収は、たぶん上がる。これは「Excelで関数を組めない経理マン」が30年前に淘汰されたのと同じ構図だし、もっと遡れば「電卓を使えない会計士」が60年前に淘汰されたのと同じ構図でもある。
ツールが仕事を奪うのではなくて、ツールを使えない人から、ツールを使える人が仕事を奪う、というのが正確な言い方だ。これは産業革命以来ずっと変わっていない人類のルールで、別に新しいことが起きているわけではない。
だから「AIで仕事がなくなる」という話は、半分は正しくて、半分は間違っている。なくなるのは「AIを使わない人の仕事」のほうで、AIを使う人にとっては、むしろチャンスが広がっている時代だと言える。
PR / Recommended
「ツールを武器にできる側」に回るために
本文で書いた通り、AI時代に淘汰されるのは「使えない人」の仕事だ。逆に言えば、AIを使いこなすスキルさえ身につければ、年収を上げるチャンスはむしろ広がっている。プログラミングを副業収入や本業のスキル拡張につなげたい方には、現役エンジニア講師が直接指導するDMM WEBCAMPの副業フリーランスコースが選択肢の一つになる。案件獲得までサポートする実践的なカリキュラムだ。
ちょっと暗い話もしておく
ここまで明るい話を中心にしてきたが、全部が楽観的というわけでもないので、暗い側面にも触れておく。
チェスプロは消えなかった、と書いたが、チェスで食べていける人の数は決して多くない。世界に数百人程度だろう。プロになれずに諦めた人たちが、その何百倍もいるのが現実だ。将棋も同じで、プロ棋士の定員は限られている。AIが入ることで業界の「天井」は高くなったものの、「裾野」が広がったかというと、そうでもない。
AIが入った職業はだいたい同じ傾向をたどるようで、「上位の人」はより稼ぐようになり、「中位の人」は仕事を奪われ、「下位の人」は最初から関係ない、という三層構造ができる。トップのプログラマーはAIを使って10倍生産的になり年収が上がる一方で、中堅のプログラマーは仕事の半分がAIに置き換わって価値を失っていく。プログラミングをやっていない人は、最初から関係ない。
この格差の話は、向き合わなきゃいけない、ちょっと重いテーマでもある。
カスパロフの予言
長くなってきたので、そろそろまとめに入る。
カスパロフはDeep Blueに負けたあと、こんなことを言ったと伝えられている。「機械と戦うのは無意味だ。これからは、機械と組んで戦う時代になる」
彼はその後、人間とコンピュータが組んで戦う「アドバンスド・チェス」という競技を提唱し、1998年に最初の大会が開かれている。そこから四半世紀、世間はようやく彼が言っていたことの意味に追いついてきたところだ。
1997年のあの夜、ニューヨークのIBMの対局室で、カスパロフは負けながら未来を見ていた。それを世間が理解するのに、25年かかった。今、目の前で起きていることに気づくのに、また25年もかけるのは、ちょっともったいない気がする。
カスパロフの言葉をもう一度書いておくと、「機械と組んで戦う時代になる」。たぶん、彼は正しい。
PR / Recommended
エンジニアの開発環境・業務効率化に役立つクラウドPC
「機械と組んで戦う」具体的な一手として、開発環境の常時稼働化を考えてみてもいい。Salesforce / AWS の開発環境やAIエージェントの常時稼働を、自宅PCに依存せず確保したいエンジニアに最適な仮想デスクトップサービスを紹介する。場所を選ばず一貫した環境を維持できる。

コメント